MOSH/MOAHとは?

MOSH/MOAHとは?

食品中の鉱物油炭化水素 (MOH: Mineral Oil Hydrocarbon) は、主に石油の分留および精製から得られる幅広い化合物から構成されています。この鉱物油炭化水素(MOHs)は、何千種類もの異なる化学化合物を含む炭化水素の集合体です。これらは主に原油の転化プロセスから得られますが、石炭、天然ガス、バイオマスの液化からも合成されます。欧州食品安全機関(EFSA: European Food Safety Authority)は、食品の安全に関連する2つの主要なタイプの MOHを特定しており、これは、鉱物油系飽和炭化水素(MOSH: Mineral Oil Saturated Hydrocarbon)と、鉱物油系芳香族炭化水素(MOAH: Mineral Oil Aromatic Hydrocarbon)と呼ばれるグループに分類されます。

MOSH – 鉱物油飽和炭化水素

MOSHの食事からの暴露は、ヒトの健康への懸念は低い(66-95% 確実)とされていますが、人体内で形成されるMOSH生成物の形成、経路および毒性に関するさらなるデータや、体内(特に肝臓、脾臓、免疫・神経系)におけるMOSHの蓄積に関する追加データの収集が行われています。

MOAH – 鉱物油芳香族炭化水素

MOAH には発がん性の可能性が確認されており、特に3またはそれ以上の環状MOAHに関するより多くのデータを収集する必要があり、MOAHが検出された場合には、食品の汚染源を調査すべきであり、そのためには、より選択性が高く、なおかつ高感度な分析法を実施すべきと考えられています。

 

包装材に含まれるMOSHとMOAH

食品へのミネラルオイルの混入の可能性は多岐にわたり、包装材の生産(原材料、保管、輸送)の全段階に及んでいます。MOSH/MOAHの主な汚染源は、接着剤、再生紙、印刷インク、およびそれらから作られる包装材といわれています。
また、対象となるサンプルには、MOSH / MOAHに加えて、他の化合物クラスも含まれるため、それらを区別してMOSH / MOAH量を算出する必要があります。これにより、MOSH / MOAH汚染源を推定することが可能になります。
プラスチック (特にポリエチレン (PE) またはポリプロピレン (PP) で作られた) の包装材料からは、いわゆるPOSH(Polyolefin Oligomeric Saturated Hydrocarbon)と呼ばれるポリオレフィンが食品中に移行する可能性があります。POSHは構造的に MOSH と類似しているため、一般的な分析では MOSH から分離することはできません。また、合成潤滑油は、ポリアルファオレフィン ( PAO: Poly Alpha Olein )をベースとすることが多く、PAO のクロマトグラムは、通常、製造プロセス中の汚染を示す典型的なプロファイルを示します。さらには、使用済みの接着剤から他の物質が製品に混入する可能性もあります。これらはROSH(Resin Oligomeric Saturated Hydrocarbon)およびROAH(Resin Oligomeric Aromatic Hydrocarbon)、樹脂オリゴマー飽和炭化水素/芳香族炭化水素と呼ばれます。このように、POSH、PAO、ROSHはいわゆるMOSH 類似体であり、分析する上で注意することが重要です。

 

EU 委員会の MOSH/MOAH 規制

2017 年 1 月、EU の新しい勧告により、加盟国は食品および食品と接触する材料中の MOH を監視することが義務付けられました。その結果、共同研究センター(JRC: Joint Research Centre)が作成したガイドラインが2019年3月に公開され、2023年4月にはJRCガイドラインの第2版が公開されました。この改訂版では、とりわけ、評価を個別の分子量範囲に分割することがなくなり、統合に関するガイダンスが組み込まれているのが特徴です。モニタリングに関わるすべての関係者は、サンプリング、分析、解釈、結果の報告に関する重要な情報を提供するガイドラインを利用することが可能です。

 

食品の汚染評価の指針とEU の措置に関する最新情報

長年にわたり、ベルギーやドイツなどのヨーロッパ諸国は、さまざまな食品に対するガイダンス値を導き出してきました。2022年4月、SC PAFF(Standing Committee on Plants, Animals, Food and Feed: 植物、動物、食品、飼料に関する常設委員会)はMOAHに関する2019年の声明の改訂版を発表しました。新しい声明の主な点は、離乳食中のMOAH残留評価の推奨を、あらゆる種類の食品に拡大することであり、規制 (EC) No. 333/2007の規定ならびにJRCガイダンスに従って、分析とサンプリングを実行する必要があります。そして2024 年 2 月、欧州委員会はMOAHの最大レベルを確立するための最初の規制草案を提示しました。目的は、これらの最大レベルを欧州汚染物質規制 (EU) 2023/915に統合することにあります。現在、規制 (EU) No. 231/2012に基づき、食品添加物の規格に MOAH の最大レベルを規定する議論が行われています。この規制では、食品中の MOAH 濃度の合計が以下の最大 LOQ (定量限界) を超えた場合、すべての加盟国は「必要に応じて製品を市場から回収」するか、「製品を回収」するという統一的な強制措置を講じなければならないと規定しています。また、指標値によるリスク最小化の要件を定義するために、MOSHに関するモニタリング勧告の提案についても現在議論されており、MOHのサンプリングと分析に関する仕様も、改正規則案の一部として規則 (EU) No. 333/2007に組み込まれる予定です。
※ここで注意を払わなければならないのが、独自の規制値を設けている国もございますので、常に最新情報を入手する必要があります。

MOAH
・ 1~7個の芳香環からなるMOAHの規制値:1000mg/kg
・ 3~7個の芳香環からなるMOAHの規制値:
  ✓ 脂肪/油含有量が低い乾燥食品 (脂肪/油脂含量 4% 以下) : 0.5 mg/kg
  ✓ 脂肪/油含有量が高い食品 (脂肪/油脂含量 4% 以上): 1mg/kg
  ✓ 脂肪/油脂: 2 mg/kg

MOSH
一般的な食餌由来のMOSHの暴露は、ヒトの健康への懸念はない(66~95%確実)とされているが、人体内で形成されるMOSHや毒性などに関するさらなるデータはさらなる蓄積が必要である。
(C16~C35: 0.1%)

※2024年4月現在。規制の最新の変更につきましては、ご確認ください。

 

MOSH/MOAH 汚染の潜在的な発生源

食品と包装の両方における鉱物油の存在は、現在、多くのの研究の焦点となっています。農作物の栽培や収穫中に、農薬や収穫用機器を通じて、製品への混入が発生する可能性も指摘されており、これらは、パッケージングに至るまでの処理工程全体で累積することも予測されます。原材料の輸送および加工中の早期分析は、汚染源を早期に特定し、プロセスを迅速かつ確実に最適化し、不適切な原材料のさらなる加工に起因するコストを回避するのに役立ちます。
食品汚染のもう1つの原因は、MOH が食品へと移行してしまうような食品包装材群です。具体的には、リサイクルされた段ボール包装などがそれに該当し、それらに含まれる印刷インクが移行すると考えられており、このような汚染箇所と汚染源を評価する作業は、食品製造業者、流通業者、分析研究機関の大きな関心事の1つとなっています。鉱物油による食品汚染の主な原因は次のとおりです。

  • 食品添加物
  • 食品用オイル離型剤
  • 製菓用コーティング剤
  • 防塵剤
  • チーズ外皮成分
  • 潤滑油、洗浄剤、エンジンオイル
  • 農薬製剤包装、FCM
  • 動物用医薬品
  • 燻煙
  • ディーゼル、灯油、モーターオイルなどによる偶発的または意図的な汚染
  • 輸送と環境

 

鉱物油分析手法

MOSH/MOAHの分析メソッドについては、2023年に発表されたJRCのガイドラインが参考文献となります。下記にその一部を抜粋しましたが、ここに記載されている通り、一般的な手法としましては、LC-GC-FID法があります。HPLCを用いて、サンプル中のMOSH/MOAH類を溶出・分画し、オンライン、またはオフラインにてGC-FIDで定性・定量を行うというものです。しかしながら、EFSAの意見書でも要求されているように、より複雑な分析が困難なサンプルについては、GCxGC-FID/MSのような高度な分析技術を用いた、さらなる評価が要求されています。また、EFSAの勧告に沿って、異なる環状MOAHの定量にも2次元ガスクロマトグラフィー法を使用することが初めて言及されました。

Method

[15] Biedermann M., Eicher A., Altherr T., McCombie G., Journal of Chromatography Open (2022),
https://doi.org/10.1016/j.jcoa.2022.10007

[16] Bauwens G., Barp L., Purcaro G., Green Analytical Chemistry, Volume 4, 2023, 100047, ISSN 2772‐5774,
https://doi.org/10.1016/j.greeac.2022.100047

 

GCxGCとは

GCxGC(二次元ガスクロマトグラフ)とは、GCオーブン内に極性が異なる2つのキャピラリーカラムを配置することで、複雑組成の試料の成分をより詳細に分離・定性することを目的とした分析装置です。LECO社では、2次カラム(2つ目のカラム)専用の小型オーブンを設けることで、再現性・分離度に優れた機構を有し、さらには、1次カラム(1つ目のカラム)と2次カラムの間にモジュレーターと呼ばれる感度増幅ユニットを設けることで、「高感度検出」といったアドバンテージも創出することが可能です。ちなみに、このモジュレーターとは、液体窒素または電子冷却モジュールを利用して、水分をまったく含まない露点の低いドライガスを冷却し、この冷却ガスを2次カラムに直接噴射(コールドトラップ、クライオフォーカス)するユニットである。これら冷媒を使用する「サーマル・モジュレーター」のほかに、冷媒を必要としない「フロー・モジュレーター」も存在します。2つのカラムやモジュレーターの温度設定等は、すべてソフトウェア上で制御することが可能です。このGCxGCに質量分析計を接続したシステムが、前段で説明したGCxGC-MSであり、FID(Flame Ionization Detector: 水素炎イオン化検出器)を併設することで、定量も可能となります。LECO社では、GCxGCで得られた膨大な情報を瞬時に解析することが可能なTOFMS(Time of Flight Mass Spectrometer: 飛行時間型質量分析計)を採用しています。
以下の資料は、LECO社が提唱し、欧州の食品企業や受託分析機関などでも採り入れられているワークフローです。

workflow

LC-GC-FIDの装置構成によるMOSH/MOAH分析は、最も簡便である点から、依然としてスタンダードメソッドとなっており、夾雑物質の少ないサンプルに対しては第一選択となっています。

lc-gc-fid

しかしながら、一般的なLC-GC-FIDでは分離が困難であると判断されたサンプルについて、LECOでは、GCxGCを用いた2次元分離による、より正確な分析メソッドを提唱しています。特にGCxGC-TOFMS/FIDは、定性と定量の同時分析を可能にしたMOSH/MOAH分析における完璧な装置構成となっています。

 

ヨーロッパにおける MOSH/MOAH受託分析機関

※いずれの機関も LC-GC/FID, LECO社製GCxGC-TOFMSを所有されています。
※お問い合わせ等はお客様ご自身でお願いいたします。

 

まとめ

日本国内では、MOSH/MOAH規制に対する対応は、製品を欧州各国へ輸出している企業などの判断に一任されているのが現状です(2025年3月現在)。しかしながら、日本国内において、様々な製品群に対応した受託解析機関は、筆者が知る限りは、極めて少ないです。MOSH/MOAH規制への対応を検討している諸機関におかれては、欧州に存在する、幾つかの受託分析機関にコンタクトしてみるのも、ひとつの手段として推奨します。