3台の元素分析装置を用いた土壌、岩石中全有機炭素(TOC)の分析


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はじめに

 

土壌や岩石中の全有機炭素(TOC)分析は天然炭化水素化石燃料の堆積箇所推定に一般的に用いられる手法です。通常TOC分析は試料を酸処理し、無機炭酸塩を二酸化炭素として遊離させることにより間接的に行われます。ISO10694を含むいくつかの公定法では炭酸塩の除去には炭酸塩と十分反応し、かつ有機炭素とは過度に反応しない酸として塩酸が勧められています。この手法は非炭酸塩炭素測定と呼ばれることもあり、TOC量を推定するものです。TOC量の直接定量は土壌、岩石の特異な性質により難しく、温度による分別測定を用いる必要があります。

全炭素分析として抵抗加熱炉または高周波炉を持つ装置で試料の完全分解を行うことが可能です。炭素は純酸素雰囲気により酸化されCO2ガスとなります。このガスが装置試薬を通り、赤外線検出器へ運ばれることにより試料重量を元とした炭素濃度が測定されます。

本資料では3台の全炭素分析装置を用いて、無機炭素の酸処理の有無を含むTOC分析の事例をご紹介します。加えて酸処理工程において試料が親水性、疎水性の場合の比較も記載しています。分析は土壌標準物質と岩石試料を用いて行われました。

 

公定分析法

 

  • DIN 19539: Investigation of Solids – Temperature-Dependent Differentiation of Total Carbon (TOC400, ROC, TIC900). 温度による分別定量法と酸化、非酸化雰囲気ガスを利用した手法
  •  

  • ISO 10694 : Soil Quality – Determination of organic and total carbon after dry combustion (elemental analysis). 酸処理後に抵抗加熱炉または高周波炉で燃焼する手法

 

分析条件

CS744 /844

C744/C844シリーズ炭素分析装置は高周波炉を用いた金属、鉱石、セラミックスその他無機材料の炭素分析装置です。

CS844
CS844 炭素分析装置

 

るつぼに試料と助燃剤を測り取り、純酸素気流中で高周波誘導加熱により燃焼させます。試料中の炭素は酸化されて二酸化炭素(CO2)になり酸素キャリアガスにより運ばれてダスト、水分除去の試薬管を通過します。燃焼時に少量発生する一酸化炭素(CO)を酸化するため加熱された酸化触媒を通り全量をCO2としたのち、非分散型赤外線検出器(NDIR)の炭素検出器で定量されます。

 

C832

C832シリーズ炭素分析装置は抵抗加熱炉を用いた幅広い有機物や、土壌、セメント、石灰等の無機物の炭素分析装置です。

CS844
C832 炭素分析装置

 

燃焼ボートに試料を測り取り、通常1350 ℃に加熱され、酸素雰囲気となっている抵抗加熱炉に導入されます。試料が燃焼すると炭素はCO2ガスとして放出されます。予め設定された時間経過後さらに酸素ガスが試料の真上から吹き付けられ難燃性の試料の燃焼を促進します。燃焼ガスは管状炉の後方へ運ばれ、次いで二重構造であるインナー管とアウター管の間を通って前方へ戻されることにより高温状態を維持し十分酸化が行われるようにします。炉の出口には脱水試薬とフローコントローラーが配置され、続いて非分散型赤外線検出器(NDIR)の炭素検出器で炭素濃度が定量されます。

 

RC612

RC612炭素水分分析装置は様々な有機、無機物試料中の炭素、水分を測定し、炭素の形態別定量を行うことができます。最新の炉コントロールシステムにより室温から1100 ℃までのステップ温度設定、昇温設定が可能で、キャリアガスの選択により酸化または還元雰囲気を設定できます。
RC612は炉の後部にアフターバーナーを備えており、炉が低温のうちに放出された揮発性のガスについても確実な燃焼が行われるよう設計されています。
今回のアプリケーションでは2ステップの昇温条件を用いて有機、無機形態の炭素を分離するよう設定されています。有機炭素の燃焼は発熱反応であるため、無機炭素を想定より低い温度で放出させる要因となる形態の有機炭素を含む試料もあります。

CS844
RC612 炭素水分分析装置

 

水分

正確な炭素測定値を得るためにはドライベースで炭素濃度を測定する必要があります。分析前に試料を105 ℃で1時間乾燥するか、酸処理を行う日に水分量を測定しておき、炭素結果をドライベース換算することを推奨します。
土壌、岩石の水分量は通常10 %以下です。

親水性 – 疎水性物質

土壌、岩石、その関連試料はそれぞれを構成している物質の違いにより異なる水分吸収特性を持っています。通常、有機炭素の含有量が低いと水性の酸処理溶液をよく吸収、またはよく混和する傾向があります。このような試料は界面活性剤による前処理なしで水の表面張力を破ることができます。一方疎水性の試料は試料と水性の処理溶液の間に相反作用が存在し、酸処理溶液に対しての親和性はかなり低いです。疎水性の土壌や岩石試料は高い有機炭素含有量を持ち非極性であることが多いです。

 

試料の前処理

 

全ての試料はNo.100 篩(149 μm)を100 %通過するよう粉砕します。疎水性の試料は酸処理の前に希釈した界面活性剤(0.6 ml LECO社製501-179 LECONALを蒸留水50 mlに溶解したもの)の適用が必要になります。今回高周波炉装置、抵抗加熱炉装置それぞれに次に示す二つの前処理法を用いて測定を行いました。

C744/844 高周波炉による測定方法

時計皿
1 5-8 ㎝程度の時計皿に試料をはかり取る
2 必要であれば0.25 mlの界面活性剤を加える
3 3N HClで処理する
4 オーブンで1時間乾燥させる
5 反応が起こらなくなるまで処理を繰り返す
6 LECO 528-018HPセラミックルツボを1000 ℃で40分、空焼きし、冷却する
7 試料を時計皿から、空焼きし、冷却したセラミックルツボに移し入れる
8 ~1.5 gタングステン、~0.8 g銅助燃剤を試料に加える
9 装置で試料を測定する
使い捨てガラスインサート
1 使い捨てガラスインサートを600 ℃で1時間、空焼きし、冷却する
2 試料をガラスインサートにはかり取る
3 必要であれば0.25 mlの界面活性剤を加える
4 3N HClで処理する
5 オーブンで1時間乾燥させる
6 反応が起こらなくなるまで処理を繰り返す
7 LECO 528-018HPセラミックルツボを1000 ℃で40分、空焼きし、冷却する
8 ガラスインサートを空焼きしたるつぼにセットする
9 ~1.5 gタングステン、~0.8 g銅助燃剤を試料に加える
10 装置で試料を測定する

酸処理工程として時計皿を使う方法(図1に示す)と、第2の方法として試作品である使い捨てガラスインサート(図2に示す)を用いるものがあります。

watch glass

 

測定を始める前に、装置を保護するため図3に示すハロゲントラップを取り付ける必要があります。C844/744装置にはP/N 619‐591-150のトラップを取り付けます。測定はブランク設定、検量線設定から始めます。試料には高周波炉内で燃焼を促進する助燃剤が添加されて装置に導入されます。酸処理された試料は有機性炭素のみを含有しており、酸素気流中で燃焼されてCO2ガスとなりNDIR検出器で定量されます。測定後の試料はるつぼとともに廃棄されます。
一般的に岩石や鉱石試料の有機物含有量は少なく、高周波炉タイプの装置で分析することが可能です。高周波炉タイプの装置は有機物由来の揮発分が燃焼温度に到達する前に発生しやすいため、土壌など有機物を含む試料の測定には推奨されません。こうした揮発ガスは検出器で正しく測定されないだけでなく、流路内で発火するなど装置を傷める原因となることもあります。今回高周波炉での有機物測定を行ったのは比較の目的のためです。

C832による測定方法

時計皿
1 5-8 ㎝程度の時計皿に試料をはかり取る
2 必要であれば0.25 mlの界面活性剤を加える
3 3N HClで処理する
4 オーブンで1時間乾燥させる
5 反応が起こらなくなるまで処理を繰り返す
6 LECO 528‐203ボートを1000 ℃で40分、空焼きし、冷却する
7 試料を時計皿から、空焼きし、冷却したセラミックボートに移し入れる
8 装置で試料を測定する
再使用可能石英インサート
1 再使用可能石英インサートを1000 ℃で1時間、空焼きし、冷却する
2 試料を石英インサートにはかり取る
3 必要であれば0.25 mlの界面活性剤を加える
4 3N HClで処理する
5 オーブンで1時間乾燥させる
6 反応が起こらなくなるまで処理を繰り返す
7 LECO 528-203ボートを1000 ℃で40分、空焼きし、冷却する
8 石英インサートを空焼きしたボートにセットする
9 装置で試料を測定する

C832によるTOC分析は高周波炉システムと類似した2つの前処理法にて行われます。一つ目は時計皿を用いた方法(図1)、二つ目は5回以上再使用可能な石英インサートを用いた方法(図4)です。試料測定前にLECO Product Information Bulletin 202-001-315に従いハロゲントラップを設置する必要があります(図5)。

chlorine trap

 

RC612による測定方法

昇温による炭素分別定量
1 LECO 781-335石英ボートを1000 ℃で1時間、空焼きし、冷却する
2 試料を空焼きし、冷却したボートにはかり取る
3 試料を測定する

TOC分析ではRC612は450 ℃、1000 ℃の2段階のステップ昇温を使用し、酸による処理は行いません。781‐335再使用可能石英ボート(図6)はRC612専用で、C832用石英インサートとは別の製品であり共用することはできません。

 

chlorine trap

 

 

結果

 

キャリブレーション

C744高周波炉、C832管状炉装置ではそれぞれC:5.00 % Synthetic Carbon(LECO 502-030 lot:1060)標準物質で原点を通す1点検量線を作成しました。RC612昇温管状炉装置ではC:12.0 % Calcium Carbonate(LECO 501-034 lot:1043、純化学物質)とC:1.00 % Synthetic Carbon(LECO 502-029 lot:1109)標準物質を用いて一次式の検量線を作成しました。

 

検量線の確認

C744高周波炉、C832管状炉装置のキャリブレーションと安定性はC:1.00 % Synthetic Carbon(LECO 502-029 lot:1109)で確認しました。RC612昇温管状炉装置のキャリブレーションはC:0.53 % Synthetic Carbon(LECO 502-630 lot:1011)とC:5.00 % Synthetic Carbon(LECO 502-030 lot:1060)で確認されました。Synthetic Carbonはキャリブレーション後と酸処理後試料の間に測定され、キャリブレーションと安定性確認のために使われました。すべての確認用標準物質は不確かさの範囲内である炭素値のRSD<1.9 %を満たしました。

 

サンプルデータ

試料は異なる炉タイプの装置によるTOC分析の測定能力とアプリケーションの実効性を示すために選ばれたもので、保証値があるものについては正確さと精度を確認しました。

 

親水性土壌試料

502‐062 lot:1018 n=5 C744 C832 RC612 炭素保証値
全炭素 % 0.921 0.929 0.903 0.924
全炭素 標準偏差 % 0.012 0.002 0.003 0.025
時計皿 インサート 時計皿 インサート 石英ボート
有機炭素 % 0.766 0.787 0.793 0.831 0.782
有機炭素 標準偏差 % 0.025 0.005 0.008 0.004 0.003
502‐308 lot:1018 n=5 C744 C832 RC612 炭素保証値
全炭素 % 2.37 2.41 2.37 2.42
全炭素 標準偏差 % 0.03 0.01 0.03 0.05
時計皿 インサート 時計皿 インサート 石英ボート
有機炭素 % 2.06 2.17 2.21 2.29 2.18
有機炭素 標準偏差 % 0.10 0.02 0.02 0.01 0.04

 

 

疎水性土壌試料

502‐309 lot:1012 n=5 C744 C832 RC612 炭素保証値
全炭素 % 11.74 11.83 11.75 11.98
全炭素 標準偏差 % 0.14 0.03 0.09 0.44
時計皿 インサート 時計皿 インサート 石英ボート
有機炭素 % 10.38 11.02 10.63 11.42 11.37
有機炭素 標準偏差 % 0.72 0.11 0.27 0.09 0.07
502-814 lot:1002 n=5 C744 C832 RC612 炭素保証値
全炭素 % 22.2 22.4 22.5 22.6
全炭素 標準偏差 % 0.15 0.09 0.09 0.3
時計皿 インサート 時計皿 インサート 石英ボート
有機炭素 % 18.7 21.2 20.2 21.4 21.3
有機炭素 標準偏差 % 0.77 0.09 0.16 0.06 0.08

 

全ての炉タイプによる方法での全炭素分析結果はC744での502‐814結果を除いて保証値の不確かさの範囲内に入るものでした。管状炉タイプでの時計皿、インサートによる有機炭素結果は統計的に有意差は見られませんでした。インサートを用いた高周波炉による有機炭素定量結果は同様にインサートを用いた管状炉による結果と比べて回収率の低下が見られ、これは高周波炉での燃焼中に有機物由来の揮発性ガスが正しく定量されなかったことによるものと思われました。時計皿とインサートによる方法での結果の比較では時計皿からルツボへの試料の移し替えが原因とみられる回収率の低下がみられ、インサートを用いた方法の結果は時計皿による結果に比べて分析精度が2~9倍良好でした。
親水性土壌試料、疎水性土壌試料の有機炭素結果は炉のタイプ、前処理の種類で同様の傾向でした。また、昇温による分別定量(RC612)の全炭素、有機炭素の結果は高周波炉、管状炉タイプでの結果と整合性のとれるものでした。

 

鉱石試料

NIST SRM n=5 C744 C832 RC612 炭素保証値
全炭素 % 5.62 5.63 5.58 (5.7)
全炭素 標準偏差 % 0.03 0.01 0.02
時計皿 インサート 時計皿 インサート 石英ボート
有機炭素 % 0.22 0.41 0.38 0.40 0.232 (0.3)
有機炭素 標準偏差 % 0.03 0.003 0.03 0.002 0.008

 

岩石コアドリル試料

コアドリル試料1 n=5 C744 C832 RC612 炭素保証値
全炭素 % 11.0 11.1 11.3
全炭素 標準偏差 % 0.03 0.01 0.07
時計皿 インサート 時計皿 インサート 石英ボート
有機炭素 % 10.7 10.9 10.7 10.9 11.1
有機炭素 標準偏差 % 0.09 0.05 0.09 0.03 0.07
コアドリル試料2 n=5 C744 C832 RC612 炭素保証値
全炭素 % 14.9 14.9 15.0
全炭素 標準偏差 % 0.06 0.01 0.07
時計皿 インサート 時計皿 インサート 石英ボート
有機炭素 % 14.4 14.7 14.3 14.7 14.7
有機炭素 標準偏差 % 0.13 0.02 0.09 0.02 0.07

鉱石と岩石コアドリル試料の全炭素値はすべての手法において安定でした。時計皿を用いた方法ではインサートを用いた方法、昇温による分別方法(RC612)に比べて試料の移し替えによるロスがあるため低い回収率を示しました。インサートによる方法の有機炭素値は時計皿による方法に比べて2~15倍精度が良い結果になり、土壌試料の結果と同様の傾向でした。

 

結論

 

高周波炉、管状炉装置には二つの前処理方法を使って検討を行いました。時計皿とガラスまたは石英インサートを使った手法の比較において時計皿では試料移し替えによる回収率の低下がみられることがわかりました。インサートを使った方法では前処理をインサート内で行い試料移し替えがないため回収率が高い傾向でした。疎水性土壌試料の前処理では親水性土壌試料と同様程度の回収率を得るためには希釈した界面活性剤の添加は必須でした。

 

C844/744シリーズの装置は分析時間が短いという利点がありますが、C832はTOC分析試料の様々なマトリックスに対応できるという汎用性があります。管状炉タイプの装置ではマトリックスの種類によらず試料の燃焼中にすべての炭素分をCO2ガスに変換することが可能です。

 

RC612管状炉装置では2段階の昇温ステップを用いて効果的に有機性、無機性の炭素ピークを分別することが可能で、酸による処理は不要です。RC612では酸処理による結果と同等の値を得ることができますが昇温によるため分析時間が長くなります。この昇温による方法では手間のかかる酸による前処理を行うことなく半定量的TOC分析を行うことが可能です。