TD(加熱脱離)GCxGC-TOFMSによる自動車室内のにおいの網羅的分析


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緒言

自動車室内はさまざまな部品や材料から発生する、揮発性有機化合物(VOC)が存在しており、それらは自動車室内のにおいの原因となります。
快適な車内環境のためには、自動車室内のVOCを詳細に把握することが必要ですが、においの多くは複合臭であり、ターゲット分析ですべてのにおい成分を把握することは困難です。
また、非常に微量であってもにおいの強い成分が存在するため、微量成分を網羅的に分析可能な手法が求められます。

自動車室内のVOCの分析方法としてGCMSを用いたターゲット分析が定められていますが、ターゲット分析でにおい成分をすべて把握することは困難です。
また、自動車室内VOCには非常に多くの成分が含まれているため、従来の1次元GCを用いた手法ではすべてのピークの分離することは困難でした。

そこで、本分析では微量成分まで捕集可能な加熱脱離用捕集菅によるサンプリングとGCxGC-TOFMSによるノンターゲット分析を組み合わせることにより、自動車室内のにおい成分を明らかにすることを試みました。

実験

新車の自動車室内の揮発性および準揮発性成分は加熱脱離用捕集菅(Tenax TA、SUPELCO)を用いて捕集しました。
加熱脱離装置(Handy TD, GLサイエンス)を用いて捕集した揮発性および準揮発性成分をGCxGC-TOFMS(Pegasus BT4D, LECO)へ導入し、GCxGC分析を行いました。
カラムは1次カラムとして極性のDB-WAX(60 m×0.25 mm I.D.×0.25 µm d.f., Agilent Technologies)、2次カラムには微極性のDB-5ms(1 m×0.18 mm I.D.×0.18 µm d.f., Agilent Technologies)を用いました。

GCxGC-TOFMS conditions for the sample analysis
Injection Handy TD
Injection Method 加熱脱着法
Inlet Mode Split 1/20
Inlet Temperature 240℃
Carrier Gas Helium, 1.26 mL/min
Column DB-WAX 60 m x 0.25 mm ID, 0.25 μm film thickness
DB-5ms 1.0 m x 0.18 mm ID, 0.18 μm film thickness
Oven 40℃ (5 min) → 10℃/min → 260℃ (15 min)
Transfer Line Temperature 250℃
Source Mode EI
Source Temperature 230℃
Detector LECO Pegasus BT4D Time-of-Flight Mass Spectrometer
Acquisition Rate 10 spectra/sec
Stored Mass Range 33 to 550 u
Data Processing
Software ChromaTOF ver.5.40
Peak Finding True Signal Deconvolution
Library NIST14

表1:GCxGC-TOFMS分析条件

加熱脱離用捕集菅によるサンプル捕集

加熱脱離法は、吸着剤を充填した吸着菅をポンプなどに接続して吸引することにより、気体サンプルに含まれるVOCを吸着剤に捕集する前処理方法です。
数L~数十Lの気体を吸引することで、濃縮することができるため、微量成分を検出することが可能になります。
専用の加熱脱離装置に吸着菅をセットし、吸着した成分を加熱脱離してGCへ導入します。

 

GCxGCとは

GCxGC-MSは極性の異なる2種類のカラムを組み合わせて分離を行う手法であり、通常の1次カラムでの分離後に、2次カラムで分離を行うことにより、クロマトグラフィー分離能が大幅に向上するため、複雑なサンプルを分離するのに適した方法です。

図1 GCxGC概略

図1:GCxGC概略
(左上:GCxGCクロマトグラム、右上:GCxGC概略図)

GCxGCは1次カラム、2次カラムとモジュレーターによって構成されます。
両カラムの接続部にモジュレーターがあり、1次カラムで分離された化合物を、モジュレーターでコールドジェットおよびホットジェットによりトラップ&リリースして、2次カラムへ導入します。
2次カラムはGCオーブン内の独立した2次オーブンに収められており、通常1m程度の短いものを用います。
1次カラムで分離できなかったピークを2次カラムでさらに分離することが可能になり、複雑なマトリクスを含むサンプル中の成分のクロマトグラフィー分離が大幅に改善します。

結果

試料を分析し得られたクロマトグラムから、測定から解析までを行う専用のChromaTOFソフトウェア(LECO)を用いてデコンボリューション機能により自動ピーク検出を行いました。
その結果、約4000ピークが検出され、アルデヒド類、トルエン、キシレン等のほかに、においの原因になると考えられる窒素や硫黄を含む化合物が確認されました。
これらのピークは炭化水素類の巨大なピークと1次元の保持時間が重なる位置に検出され、1次元GCで分離検出することは困難であると考えられました。

図2 GCxGCクロマトグラム

図2 GCxGCクロマトグラム
(左:等高線表示 右:3D表示)

図3 おもなVOCの検出位置

図3 おもなVOCの検出位置

Classification機能による分類

次に、ソフトウェアのClassification機能を使って、検出されたピークを化合物群ごとに分類しました。
GCxGCでは、同じ化学的性質をもつ化合物群がグループとなってクロマトグラム上にプロットされます。
この性質を利用して、どのような化合物群がどれくらい含まれているのか、視覚的に確認することができます。

図4 
 Classificationにより各ピークを分類表示したGCxGCクロマトグラム

図4 Classificationにより各ピークを分類表示したGCxGCクロマトグラム

図2のクロマトグラム上で検出されたピークを右上表に示すようにアルカン、環状アルカン、芳香族、アルデヒド、エステル、硫黄化合物、窒素化合物、塩素を含む化合物の8つのクラスに分類しました。バブルの色は分類を、大きさはそれぞれのピーク強度を表しています。
本分析では1次カラムに極性カラムを使用したため横軸は極性によって分離されます。また、2次カラムに微極性カラムを使用したため縦軸は沸点順に溶出します。
ここでは、クロマトグラム上部にアルカン、その下に環状アルカン、芳香族とアルデヒド、エステルが検出されています。

まとめ

・GCxGC-TOFMSによる高感度分析とデコンボリューションにより、通常の1次元GCでは分離が困難な共溶出成分の分離と正確なマス
 スペクトルの抽出が可能でした。
・Classification機能を利用した各化合物群の分類と、デコンボリューション後のトータルイオンを用いた面積比の算出は、においに
 含まれる各成分の組成比を簡易的に把握するのに有用でした。
 本手法は、製品の変質、製品由来の有臭化合物の割合の変化など、さまざまな要因が考えられる製品の異臭クレームにおける原因物質
 の特定にも有用であると考えられます。